正義と悪
「ありがたいことに私の狂気は君達の神が保障してくれるというわけだ。よろしい、ならば私も問おう。君らの神の正気は一体どこの誰が保障してくれるのだね?」
―ヘルシング―
筒井康隆の短編に、「旗色不鮮明」というものがありますが、現代ほど正義を定義しにくい時代はありません。声高に正義を唱える国や体制ほどそれから遠くなるという逆説的な話もあり。
かつては、医学は誰も疑う余地のないほど絶対的な正義でありました。ところが、最近は寿命を長引かせることは正しいのか?という議論まで出てくる始末。況や政治をや。
というわけで、ガンスリンガーガール。政府とその特務機関(の隠れ蓑)である社会福祉公社 v.s. 五共和国派という、「一見」分かりやすい構造になっているにもかかわらず、話はそうシンプルではありません。
五共和国派の主義主張は、昨今のイデオロギーからすると必ずしも間違っているわけではありません(手段はさておき)。政府が全面的に正しいかというとそういうわけもなく。問題は1点、貧しい南イタリアの生活を誰が支えるのか、ということ。いわば、福祉国家となるのか小さな政府を目指すのか、という、純粋に政策論争にしてもいいくらいの微妙な話です。
社会福祉公社だって決して褒められたものではありませんね。瀕死とはいえ、勝手に女の子の身体を改造した挙句、自分の復讐のために利用してるわけで。しかも薬で洗脳して。
味方である首相が悪そうに描かれていることや、敵の一部が魅力的に描かれていることなどを考えても、単に白黒善悪の構造ではないことはわかるでしょう。そのあたりが深みを与えているのかもしれません。